2023年7月7日金曜日

統計力学に出てくる未定乗数βの熱力学的意味(2)

 前回の記事「統計力学に出てくる未定乗数βの熱力学的意味(1)」において、統計力学のエントロピーS=klogWを定義し、ボルツマン分布の導出の際に出てくるラグランジェの未定乗数β 1/kTに等しいことを説明しました。このときのkは、S=klogWに由来する統計力学のkです。今回は、このkが熱力学のNAk  (はガス定数、NAはアボガドロ数)kに一致することを証明します。具体的には、ヘルムホルツの自由エネルギーFを統計力学の一粒子の状態和zと関係づける式(F=NkTlogz)に基づき、統計力学をベースとする式(logzの変分)と熱力学をベースとする式(-/N kT の変分)の演算結果を対比してβ=1/kTを導出します。 

ここからは混乱を避けるため、統計力学のkと熱力学のkBとを区別して記します。なお、この記事は前回の「統計力学に出てくる未定乗数βの熱力学的意味(1)」の続きとして第4項から始め、式の番号も前の記事からの続きです。

. klogWkNAk=Rkに一致することの証明

統計力学の式と熱力学の式を対比することによってβ=1/kB Tの関係を導くためには、熱力学の状態量を統計力学の状態和と関係づけた関係式が欲しいそこで、ヘルムホルツの自由エネルギー

に着目する。前の項で導いた統計力学のSの式(7)は、次式に書き換えらる。 

               .

式の変形で、E = U および個々の粒子の状態和あることに留意し、(9)を用いた。

となって、左辺を熱力学、右辺を統計力学で表現する式が得られる。

β=1/kBTの関係を導くアウトラインは以下のようである[iii](10)を変形した式-F/NkT = logzの左辺のkは統計力学由来であるが、これを熱力学のkBと仮定する。そして、この式の右辺と左辺の辺の変分をとり、それぞれの計算結果の式を対比して、βが1/kB Tに等しいという関係を導く。 

 (2)は、粒子数Nの孤立系がエネルギー一定で熱平衡にある場合のエネルギー分布を表す。熱力学では系に外部から加えられる仕事や熱によって系の状態がどう変化するかを問題にする。熱力学の式を統計力学の式と対比させるには、孤立系の統計力学において微視的状態を特徴づけるεiniが、系に加わる仕事や熱によってどう変化するかを知らねばならない。まず、粒子系のエネルギー=ni εiに微小変化dεidniを与えた場合を考える。Eの変化は変分をとって

と表わすことができる。右辺第1項は外部からの仕事によるエネルギー変化で、μ空間の細胞を指定するエネルギー値εiεi +dεiに変わることに起因する。気体が断熱膨張によって内部エネルギーが減って体積が増えるような場合にこのようなことが起きる第2項は、仕事以外のエネルギー変化で熱の出入りによる変化を示し、熱の出入りでエネルギーεiの細胞に入る粒子の数が変わることを意味する。1項は仕事の変化量δWに等しい[iv]とおいて

(2)を代入して

となる。

 次に、(2)の分母すなわち1粒子の状態和の自然対

数(log)への、εiとβの微小変化による影響を調べると




ところで、 (8)(11)によって(12)

        

と変形される。

一方、熱力学で出てくるヘルムホルツの自由エネルギーFを-N kB Tで除した式の変分は

ヘルムホルツの自由エネルギーF

であり、熱力学第1法則からdU=δW+δQ=δW+TdSだから

したがって、

となる。ここで、 (13)(14)を比較する。それぞれの式の右辺第2項を等しいとおけば     

              

また、(13)(14) それぞれの左辺の括弧を等しいとおくと  

 

となり、(10)が戻ってくる。これで、初めに行ったk = kBの仮定が正しいことが証明された。なお、(14)の右辺の第1項は、β=-(/ kB T)dT だから、

            

これが、(13)右辺の第1項 -(E/N)dβに等しいので、U = Eの関係も示される。

参考資料

1.       杉田元宣 著「熱力学及び分子統計論」南江堂、1957. (§20 状態和と状態数)

2.       戸田盛和 著「統計力学概説」朝倉書店 朝倉書店 1952.(§11エントロピーと熱力学的重率、§12 恒温槽分布))

3.       都築卓司 著「統計力学入門 自然科学になぜ統計が必要か」総合科学出版、1969.(第1章 統計力学のはじまり)

4.       和達 三樹 著 , ⼗河 清 著 , 出⼝ 哲⽣ 著「ゼロからの熱力学と統計力学」岩波書店 2005.(第5章 古典統計力学)

5.       中村 伝 著「統計力学」岩波書店、1967,(§15 熱力学的な力)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 [iii]) この導出のために参考にした参考資料4では、d(logz)d(F/kT)が対比されているが、d(log z)d(F/N kB T)との対比の方が適切である。多数(N個)の粒子から成る系の状態和Zは、個々の粒子の状態和との間に、zNの関係があるので、ここでの計算の結果出てきた14)は


と書き換えられる。したがって、d(logZ)d(F/kT)との対比なら妥当である。

 

[iv] 理想気体のする仕事を例にして考える。準静的な体積変化による仕事は断熱条件下においては、熱力学第1法則によって内部エネルギーの変化に等しいので


である。そして、理想気体からなる系の内部エネルギーEは微視的に表すと(μ空間においてエネルギーεiを指定された細胞にni個の分子が入るとして)であり、niは断熱系の微視的状態を決める固有な数である。それで、準静的な体積変化によってniは変わらないので

となる。つまり、系に仕事がなされると、μ空間の細胞を指定するエネルギー値εiが変化することを意味する。一般的に断熱的に行われる仕事に対して

が成り立つ。 

(追記) 予め知人に原稿のレビューを依頼しました。その折送られてきたコメントを参考にしつつ本記事を完成しました。

無断転載禁止



0 件のコメント:

コメントを投稿