2023年6月16日金曜日

統計力学で出てくる未定乗数βの熱力学的意味(1)

 

 前回の記事「気体分子の運動エネルギー分布」において、ボルツマン分布の導出の際に出てくるラグランジェの未定乗数βが 1/kTに等しいことを説明しました。そのとき、統計力学から導いた粒子の平均の運動エネルギー<ε>が、気体分子の運動エネルギー (3/2)m<v2>に等しいことを根拠にしました。今回は、気体分子に限らずβ=1/kTの関係が一般的に成り立つことを示します。その筋道は次の通り。粒子系に対して、ボルツマン原理(エントロピーS = klogW  [Wは微視的状態の数])からSの式を導き、これを系のエネルギーEで微分する。その結果を、熱力学の式[(∂S/E)V= 1/T ]と対応させるとβ=1/kTが得られると言う流れです。

1.微視的状態の数WをエントロピーSと関係づけ

この項では、統計力学で定義される微視的状態の数Wを使ってエントロピーSを定義し、これを熱力学のエントロピーSと関係づける。まず、微視的状態の定義から。ここで扱うのは、熱平衡状態にある多数の粒子からなる孤立系である。以前の記事で、ボルツマン分布を導出する際に、「粒子系の各粒子の運動状態を、3次元の位置座標(x, y, z )3次元の運動量座標(px , py, pz)が作る6次元の位相空間(μ空間)の一点(x, y, z, px , py, pz) で表わす」と記した。その場合、N個の粒子全体の運動状態は、μ空間において個の点全体で表される。このように各粒子の位置と運動量をすべて指定した系の状態が微視的状態である。そして、系の粒子数N、体積Vおよびエネルギー Eが定まった、熱平衡にある系を考えた場合、系が取るいかなる微視的状態も同じ確率で出現すると仮定する(等重率の仮定)。 

 N個の粒子全体の運動状態をμ空間で表すために、すべて同じ体積ɑの微小な細胞に分けて、i番目の細胞内の各粒子のエネルギーをその細胞内の一点で決まるエネルギーの値 εiで近似する。N 個の粒子のうちの ni 個がi番目の細胞に入るような配置{n1n2……ni……}の数は 

      

である。粒子数一定、系のエネルギー一定の下でWが最大値をとる粒子の配置{n1n2……ni……}niを求めたとき、その配置(総数Wからなる)がそれぞれの微視的状態に対応することになる(注[i])。計算結果のniは、以前の記事「気体分子の運動エネルギー分布」において詳述したように

      

で表される。

 

  ここから、微視的状態の数WをエントロピーSと関係づける作業に入る。粒子系IIIが接触していて熱平衡状態にあるとする。系Iがとる1つの微視的状態に対して、WII個の微視的状態があるので、2つの粒子系をまとめて1つにした系の微視的状態の数Wは、それぞれの微視的状態WIWII の積で与えられる。

一方、エントロピーが微視的状態の数の関数であると仮定し、

とおく。粒子系IIIを一つにまとめた系のエントロピーSはそれぞれの系の和であるから


 これらの5つの式から

となる。()の右式をWIで偏微分して両辺にWIを掛ける。また、同じ式をWIIで偏微分して両辺にWIIを掛ける。この計算結果の式を整理すると

        

となり、(4)WIIの値が変化しても、WIIdf(WII)/dWIIは不変であることを示しているので(4)を定数kに等しいとおいて、変数分離して積分すると

となる。(3)の右式によってk= 0であり、

           

が得られる。kSWとを関係づけるfを規定する定数で、どのような系にも適用できるので、普遍的な定数(ボルツマン定数)である。

 

2.S = klogWを熱力学のエントロピーSと関係づける

 次に、(5)のエントロピーの式を熱力学のエントロピーと関係づける。系のエネルギーが微小な変化をしたとき、外界との間で仕事が関わらなければ、系の変化は外界との熱のやり取りであり、系の内部エネルギーが変化する。熱力学における内部エネルギーは統計力学における系のエネルギーのことであるから、系の変化が可逆的で定容であれば、このときした熱量はdQdEであり、全微分可能な量として扱うことができる。熱力学において、可逆変化におけるエントロピー変化は

と定義されるので、dS = dE/Tで、これは dS/dE= 1/Tと同じであるから、定容、可逆的という条件を付ければ、

                 

である。

ところで、(5)の統計力学のSを、定容、可逆的の条件の下にEで微分すると、

となる。この式のSを、熱力学の関係式(6)におけるSと等しいとおけば、統計力学のSに対しても

が成り立つ。

 

3.β=1/kTの導出

次に(5)を使ってこの導出を行う。その手順は冒頭部分に略記した。 ()の対数はStarling の近似式を用いた後さらに変形する

したがって、N個の粒子からなる系のエントロピーは(5)により
 
    と表わされる。βがEの関数であることに留意して、この式をEで微分する際、系の体積が一定ならば、系は外部に対して仕事をしないので細胞のエネルギー準位εiは不変である。よって

系のエネルギーは

     
          

   

であるから、


となる。よって


と表わすことができ、 熱力学における(6)の関係から

            

となって、βが熱力学の絶対温度と関係づけられる。


 ところで、これまでに出てきたkは、ボルツマン原理由来、すなわち統計力学のkです。これが熱力学のR = NAk  (R はガス定数、NAはアボガドロ数)kに一致することを次回の記事で示します。


参考資料

1.       杉田元宣 著「熱力学及び分子統計論」南江堂、1957. (§20 状態和と状態数)

2.       戸田盛和 著「統計力学概説」朝倉書店 朝倉書店 1952.(§11エントロピーと熱力学的重率)

3.    都築卓司 著「統計力学入門 自然科学になぜ統計が必要か」総合科学出版、1969.(第1章 統計力学のはじまり)

4.       和達 三樹 著 , ⼗河 清 著 , 出⼝ 哲⽣ 著「ゼロからの熱力学と統計力学」岩波書店 2005.(第5章 古典統計力学)



[i]) μ空間においてN個の点で表した粒子系の運動状態を、3N次元の位置座標と3N次元の運動量座標で指定できる6N 次元の位相空間(Γ空間)を考えれば、1点で表わすことができる。N個の粒子からなる系の微視的状態を数えるために、Γ空間を微小な同じ体積(μ空間での細胞の体積をɑとするとɑNの細胞に分割する。こうして各細胞に一つの微視的状態が指定される。そして、エネルギーE(δEの幅を持つ)が一定である系の取り得るすべての微視的状態(ミクロカノニカル集合)を考える。その総数をWとすると、Γ空間においてそのような微視的状態は、一定のEE+δEで決まる‘局面’で挟まれた、体積WɑNの領域に収まるそして、NVEが一定の系が取る微視的状態はすべて同じ確率(1/W)で出現することになる(等重率の仮定)。  

 上記のミクロカノニカル集合(NVEがそれぞれ一定である粒子系の集合)は、系のエネルギー一定の条件でN 個の粒子をエネルギーの異なる状態ごとに分配したときの分布{n1n2……ni……}のすべてに対応する。Nがアボガドロ数程度に大きいと、数ある分布の中で最多の微視的状態を含むものが平衡状態に対応する分布となる。この分布のni、μ空間で粒子を細胞に配って配置数を最大にする場合と数学的に同じ仕方で決めることができる。

(追記) 予め知人に原稿のレビューを依頼しました。その折コメントと一緒に送られてきた知人の論考を取り入れながら本記事を完成しました。

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