2026年7月27日月曜日

最大項近似の意味とは何か

 

 ある統計力学の教科書(参考資料1)に、「関数 (1+x)を展開したとき、その中の最大項で関数そのものを近似的にあらわすことができる」と記載がありました。この最大項による近似法はボルツマン分布の導出にも関わることから、深い関心を持ちました。最大項近似は、手もとの他の統計力学の教科書には記載がないので、生成AI に質問していろいろやり取りしながら勉強しました。今回はそのまとめです。


 関数(1+x)Nが二項展開したときの最大項で近似できるのは、両者の対数の間のことであることを強調したうえで、最大項近似の議論を多項展開に拡張する。このとき、多項式で表される多粒子系の分配関数 を多項展開の例として用いる。さらに、熱力学の状態量を表す式に、分配関数が対数logZとして入っていることの意味を考察する。

 

簡単のために先ず二項定理を用いて説明しよう。



において一般項

が最大になるようなを求める。k=kmax とおくと

すなわち、

となり、左右の不等式をmaxについて解くと

maxの上限と下限の差は

であるから、長さ1の閉区間

に1または2個の整数が含まれが整数なら、それはmaxである。が整数ならも整数で、この場合には最大項が二つある。いずれにしても、xが有限でN1なら

が成り立つ。

とおけば、


と表わされる。

 

 次に、二項係数

Stirling の近似式


を適用して、二項係数の近似式を導出する。これ以降では、近似記号

の意味で用いる


4-1)nlognの項(主項)による計算結果はまとめて、


となり、残る の項(補正項)による計算結果はまとめて


となる。したがって、(4-1)による近似の結果は

と得られる。

 

次に、最大項の値を計算する。最大項TkTkmax

の対数をとり、(3)を使って

これに(5)を代入して

(6)の最後の式の(2)を代入して整理する[ii])

つまり

Tkmax(1+x)Nとの比は

となる。一方、精度の低いStirlingの近似式

を用いて、logTkmaxを導出する。これには(4-2)において、(4-1 の項(主項)に対応する計算をたどればよく、結果は

と得られる。したがって

となり、N→∞によって比が変わらない。つまり、精度の低いStirling近似では、O(logN) 程度の補正項が無視されるため、(9)のような誤った結論になる。それにもかかわらず、ボルツマン分布の導出において低精度の近似の適用が妥当とされる根拠はどこにあるのだろうか。

 

上の議論で対数の指数をとる前の式(7)をオーダー評価の観点から考察すると、解答が得られる。 (7)より

ここで、pは粒子数Nには依存しないので 


一方
だから

よって(11)

となり、熱力学極限N→∞において、(10)右辺の補正項が無視できて、
が成り立つ。つまり、 (1+x)Nと最大項Tkmaxは対数をとって比較すると、
近似的に等しいという結論に至る。


 

 この点を具体的な数値を用いて実感してみる。例えば(8)において、N=6.02×1023p=0.5として分母の値を計算すると

これの対数をとると

である。一方、(8)の分子の対数は
と計算される。このさい、= 0.5だから(2)より=1、および loge2 = 0.693を代入した。したがって、(10)

と書ける。上式右辺の第1項の23桁に対して、第2項は2桁で無視できることが分かる。

 

次に、二項展開について行った議論を多項展開に拡張しよう。以下に示すように、多粒子系の分配関数Zは多項式で表されるので、この拡張作業はこれを例として行う。ZNVT一定の粒子系の微視的状態がエネルギー準位ごとに出現する確率を示す分布(カノニカル分布)の規格化定数で、粒子間相互作用がなく粒子が識別可能である場合には、1粒子分配関数z(次式の括弧の中の和の式)の積として表される。

ここで、M 1粒子分配関数 の項数、εi i 番目のエネルギー準位のエネルギーである。この展開式の最大項をɑmaxとすると、この展開は二項式の場合と同様の方法で解析できる。計算の詳細は後続のブログで書くことにして結果のみを示す。多項式ではniの自由度が M−1であるため


と得られる。ただし、piは最大項においてni=nimaxとなる確率で

と定義される。(13)の右辺で

であり、また、piは温度とエネルギー準位のみによって定まり、粒子数Nには依存しないので、

は定数項である。よって(13)

一方、

であるから、

したがって

が成立する。

 

ここで重要なのは、分配関数 そのものは、最大項だけを取り出してZɑmaxとすることはできない点である。最大項の近傍には多数の項が存在し、それらも に寄与する。しかし、この寄与による補正は logにすると O(logNにとどまる。一方、log Z 自身は O(Nであるため、熱力学極限 (N→∞) では、分配関数の対数の主要部分は最大項によって決まることになる。

  つぎに、式(12)右辺の多項式とその最大項と関係を見てみよう。(12)右辺のeの肩に乗っている和 を、粒子の配置(粒子分布){n1, n2, , nM} に対応する系のエネルギーEjjは配置の番号)とおき、その配置での組み合わせの数 Gjとおくと

となる(この式で、M′は和の項数で、粒子配置の総数に対応する)。

 

マクロな系が熱平衡にあるとき、GjeEj/kT を最大にする粒子配置は、熱平衡における最も確からしい巨視的状態に対応する。この配置を jmax とすると、この平衡状態に対応する微視的状態数を W、そのエネルギーを U として、Gjmax​​=WEjmax​​=Uと書くことができる。

したがって、

である。また、統計力学ではアボガドロ数程度の粒子からなるマクロの系の自由エネルギーは、

と表わされるので、(14)により

ここでklogW とおけば、

F UTS

となり、熱力学における自由エネルギーの関係式が得られる。


分配関数に寄与する多数の微視的状態のうち、熱力学極限では最大項を与える配置が logZ、ひいては自由エネルギーの主要部分を決定する。この最大項を与える配置は、状態数 Gjの増大によるエントロピー的効果の増加と、エネルギー Ej の増大によるボルツマン因子の減少との競合によって決まる。このように、分配関数 Z は最大項を介して F=-kTlogZ および S=klogW と結びついている。ここに、統計力学において分配関数の対数 logZ が重要な役割を果たす理由の一端を見ることができる。


参考資料

1. 宮原 豊 著 「化学統計力学」朝倉書店、1966 pp. 8-17 (2 正準集合)

(後記)参考資料1では、「 (1+x)Nと最大項Tkmax対数をとって比較すると、両者が近似的に等しい」ことが述べられていません。筆者は、冒頭で引用したこの資料にある「関数 (1+x)N を展開したとき、……」という文言を (1+x)NTkmax と解釈して、原稿の下書きを作りました。その折、査読をしてもらったところ、知人からも生成AI から(1+x)N Tkmaxはおかしいと指摘されました。本稿を仕上げる過程で対数をとって比較することの意義を知った次第です。なお、本文初めにあるの導出法は、知人から教わりました。

 無断転載厳禁



[i]) 式の変形で

および

を用いた。


[ii])

および
を用いた。





 

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