2021年2月14日日曜日

新型コロナウイルス肺炎の致死率―2021年1月厚労省発表の抗体保有率を使って計算

 

厚生労働省は、2021年2月5日に、新型コロナウイルスに対する抗体検査を行った結果を発表しました。検査の行われた5都府県の抗体保有率(抗体を持っている住民の割合)は、東京都0.91%、大阪府0.58%、愛知県0.54%、福岡県0.19%、宮城県0.14%でした。メディアの報道[1]では、1%足らずの住民しか集団免疫を獲得していないので、今後も感染防止対策が大切であることが強調されました。しかし、抗体保有率の値からもう一つ重要な知見が得られるのですが、看過されたようです。その知見とは、新型コロナウイルス肺炎に罹っても感染したことを自覚しない人が多数いるということです。この知見に至る考察を通して、検査時点の感染者の累計数と新型コロナウイルス肺炎の致死率を推定しました。

 

 

まず、抗体保有率から無症状感染者の数を求めます。愛知県を例に挙げて説明しましょう。抗体検査は、昨年の12月14~25日に実施されました。検査対象者は、検査に応募した20歳以上の県民(2万人弱)のなかから、性別、年齢、居住地域の分布が、県の人口のそれぞれの分布と等しくなるように3,300人が抽出され、実際には2,960⼈が受検しました。そして、2種類の検査試薬(アボット社・ロシュ社)の両⽅で陽性だった人が「陽性」と判定されました[2]。このように注意を払って行われた検査なので、結果は県内の新型コロナウイルス感染の実態を十分反映するものと考えられます。愛知県の人口は7,536,639 人(2021年1月1日現在の推計)[3]、抗体保有率が0.54%だから、無症状感染者の数は40,700です。一方、検査が実施された頃(昨年の12月20日)のPCR陽性者数の累計[4]は14,145でした。無症状感染者数がPCR陽性判定を受けた人数の2.9倍だったことを意味します。

 

次に、致死率の計算に移ります。上の無症状感染者の数とPCR陽性者数の累計から、検査時点の感染者の累計は54,800人となります。昨年の12月20日現在の死亡者数 [4]の累計が163だったので、致死率(死亡数/感染者数)は(163/54,800)×100 = 0.297%と計算されます。以前のブログ「『新型コロナウイルス肺炎』雑感」[5]で、昨年4月21日現在の死亡者の累計(20人)から致死率0.2%を仮定して無症状感染者の数を推定しました。そのとき用いた致死率0.2%は、米国カリフォルニア州のある地域で行われた住民の抗体検査の結果に基づいたものですが、今回の計算による値(約0.3%)と大差のないことが確認されました。

 

上記の議論では、簡単のために抗体保有者数が無症状感染者の数に等しいとして計算しましたが、これは荒っぽすぎるかもしれません。一度感染したのちに抗体がなくなる人もいると考えられるからです。しかし、新型コロナウイルスの感染者が抗体を長期にわたって保持しているという研究結果[6]があるので、わが国で最初の患者が発見されてから検査までの期間が11か月で、初期には感染者が少なかったことを考慮すると、そのような人の数はさほど多くないと考えられます。したがって、上記の致死率約0.3%は「おおよその致死率」とみるのが妥当ですが、実際の致死率に近いと推測されます。


[1] https://digital.asahi.com/articles/ASP253D7YP25ULBJ002.html?iref=pc_ss_date_article

[2]https://www.pref.aichi.jp/site/covid19-aichi/koutaikekka.html#:~:text=%E6%84%9B%E7%9F%A5%E7%9C%8C%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8F%97%E6%A4%9C%E8%80%85,%E3%81%AF0.54%EF%BC%85%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82&text=%E2%80%BB%20%E4%BB%8A%E5%9B%9E%E3%81%AE%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%81%AF,%E7%AC%AC2%E5%9B%9E%E3%81%AE%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%80%82

[3] https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/328076_1290782_misc.pdf

[4] https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/data/pref/aichi.html

[5] https://retiredsci3.blogspot.com/2020/05/blog-post.html この記事では、名古屋市について計算し、無症状の感染者がPCR検査陽性者の40倍いると書きました。一方、今回の考察では2.9倍(愛知県)でした。この違いには、昨年4月に比べて12月にはPCR検査数が顕著に多くなったことが響いていると考えられます。

[6] Jennifer M. Dan et al.: Immunological memory to SARS-CoV-2 assessed for

up to 8 months after infection, Science 371, eabf4063 (2021)

 https://science.sciencemag.org/content/371/6529/eabf4063 この論文の著者たちは、症状発現後20から240日経過した時点で188人の患者から228検体(血漿)を採取しました。そして、新型コロナウイルス関連の種々の抗体(血漿中)の力価を測定し、経過日数に対してプロットしたグラフを解析して各抗体の半減期を求めました。そのなかに抗体検査で調べられたヌクレオカプシドに対するIgGの半減期の記載があり、68日とあります。



追記 2/18/2021

東京都についても、愛知県の場合と同様な計算をしてみました。2020年12月20日現在のPCR陽性者数の累計は、51,427、死亡者数の累計は566でした[4]。東京都の人口13,960,236人で、抗体保有率0.91%ですから、検査時の無症状感染者は127,000人です。この数と検査時のPCR陽性者数の累計との和(感染者の累計数)は178,000となります。したがって、致死率(死亡数/感染者数)は(566/178,000)×100 = 0.31%と計算されます。この値は、愛知県の0.29%とほぼ同じです。ちなみに、無症状感染者数はPCR陽性判定を受けた人数の約2.5倍でした。


追記 7/27/2021

今回試みた無症状感染者数や致死率の計算が、理論的には正確ではないことに気づきました。感染者の発生が定常状態の時期に抗体検査が行われておれば理想的でしたが、検査の実施が第3波の感染拡大が進行中の頃であったのは残念でした。しかし、PCR陽性者の発生が緩やかな時期であったことを考慮すると、計算値はあながち外れていないと考えられます。


2020年5月18日月曜日

「新型コロナウイルス肺炎」雑感


 新型コロナウイルスの抗体検査について、感染症や疫学の専門家の議論が盛んになされています。「実際のところ日本にどれぐらい感染者がいるのか? 続々と出てくる抗体検査の結果の意味」と題する記事をウェブ上で読むことができます(https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-antibody-test)。私なりのアイデアで新型肺炎流行の状況を考察してみました。

スタンフォード⼤学の研究チームが米国カリフォルニア州のシリコンバレーの在る地域で行った、住民の抗体検査の結果が4月中旬に報道されました。その結果から、この肺炎の致死率は0.2%未満と結論されました。そこで、この致死率をベースに新型コロナウイルスの感染率を推測しました。その結果を書いた小文二編と感染症の数学モデルを扱った小文を、数人の知人に送りました。それらの小文をそのまま今回の記事とします。

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隠居科学者のひとりごと―――「新型コロナウイルス肺炎」雑感     4/26/2020
                                                                     5/7/2020改訂

新型コロナウイルス感染の状況は、報道をフォローしているとコロコロ変化してゆきます。だいぶひどいことになっていそうです。杞憂であればよいがと思いつつ、外出自粛の暇つぶしに、隠居科学者のひとりごとを書いてみました。
⽶国カリフォルニア州サンタクララ郡で、住⼈の新型コロナウイルスに対する抗体の有無を調べた結果、抗体陽性者数は感染が確認された数を⼤幅に上回り(50倍以上)、致死率(死亡数/感染者数)は0.2%未満という結論が得られました(https://www.technologyreview.jp/s/200081/up-to-4-of-silicon-valley-already-infected-with-coronavirus/ )。
致死率が日米で変わらないとして、名古屋市の場合を考えてみます。死亡者の累計は4月21日現在で20人でした。上記の致死率0.2%を仮定して、この時点の推定感染者数は20/0.002=10,000人になります。確認されている感染者数は247人で、推定数の2.5%弱です。市の人口は約2,300,000人だから、0.43%の人が感染していることになります。約230人に1人の割合です。無症状の感染者が、こんな割合でいることになります。

また、4月23日朝日新聞夕刊の記事にはびっくりです。

「慶応大病院(東京都新宿区)は、新型コロナウイルス以外の病気で入院する予定の患者にPCR検査をした結果、約6%の人が自覚症状がないものの陽性だった、と公表した。米国では同様の調査で約13%だったとの報告もあり、国内でも市中で感染が広がっていて、感染に気づかないまま院内感染が起こるリスクが改めて浮き彫りになった。‥‥」

入院する予定の患者が対象なので、感染しやすい人の集団だったかもしれません。名古屋市について行った計算を東京都の場合についてしてみると、死者の累計が100人(4月25日)なので、推定感染者は50,000人です。人口が14,000,000だから0.36%の住民が感染を経験していることになります。4月24日の確認された感染者の累計は、3,733人だったので、推定数の7.5%弱です。確認された数の13.3倍の感染経験者がいることになります。推定感染者数に対する確認された感染者数の割合が名古屋市と東京都で3倍違いますが、ここでは、その理由は考えません。今回言いたかったのは、PCR検査で陽性と判定された人の10倍以上の無症状の感染経験者がいることです。新型肺炎の予防には、人と会わないことが大切ということを痛感します。

 わが国で、献血者の血液を使った抗体検査が進行中だそうなので、近じか市中感染の状況がハッキリしてくるでしょう。

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隠居科学者のひとりごと―――「新型コロナウイルス肺炎」雑感(その2)     5/7/2020

先日お届けした「『新型コロナウイルス肺炎』雑感」では、この肺炎の致死率に基づいて感染者数の推測を試みました。結果は、名古屋では4月中旬時点で、確認された感染者数の40倍の人が既に感染していると計算されました。そのときの致死率に基づく議論で、書き忘れたことがありました。比較する二つの地域の医療の質が同⽔準であること、また、この肺炎は高齢者の致死率が高いので、人口の年齢分布が同じであることを仮定する必要があります。名古屋と米国カリフォルニア州のシリコンバレーのある地域の間で、これらの仮定が正しいと考えて、感染者数を推測した次第です。

 上記の計算では、名古屋の住民の0.43%が感染していると言うことになります。この数値を、最近我が国で行われた抗体検査の結果と関連付けて考えてみます。2020年5月1日の⼤阪市⽴⼤学プレスリリース「新抗体価測定システムが高い精度で陽性を判定!~疫学調査により、大阪では1%程度が抗体を保持~」(https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200501)に次のような記載があります。

2020年4月のある2日間に本学医学部附属病院を、COVID-19に関する診断・治療以外を目的に外来受診した患者さんの血清を無作為に抽出し、抗体検査を実施しました。312名(年齢中央値66.5歳、男性:女性=154:158)のうち、3名にSARS-CoV2特異的IgG抗体陽性反応が見られました。統計学的に求められる、抗体陽性率の95%信頼区間は0.33-2.8%でした。

本学医学部附属病院に通院されている患者さんの抗体陽性率は、大阪市内のCOVID-19流行状況を反映していると考えられますので、現在の一般市民の抗体保持率も1-2%程度と推察されます。

この調査研究では、米国のMokobio Biotechnology社の量子ドット(安定した蛍光を長時間保持する微粒子)を利用した抗体検査技術が使われました。この方法によって、健常⼈(2018年の健診受診者)の血清とPCR陽性の確定診断が出た感染者⾎清(発症後10⽇以後に採取)を、それぞれ陰性と陽性として高い精度で識別することができたと表明されています。

 名古屋市について行ったように、大阪市の推測感染者数を計算してみます。5月6日までに、新型コロナウイルス肺炎で死亡した人は25人だから、推測感染者数は12,500です。確認された感染者数は713だから、この数の17.5倍の感染経験者がいることになります。市の人口が約2,750,000だから、住民の0.45%が感染したと推測されます。名古屋市とほぼ同じパーセンテージで、⼤阪市⽴⼤学の調査による一般市民の抗体保持率1-2%程度と大きくは違わない数値です注[i]。

どの都市においても、無症状ですんだ感染者がPCR検査で感染が確認された人の10倍以上いると考えられます。ちなみに名古屋市40倍、大阪市17.5倍、東京都13.3倍です。

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隠居科学者のひとりごと―――「新型コロナウイルス肺炎」雑感(その3)     5/11/2020

4月初旬に新型コロナウイルス感染の拡大が顕著になり、緊急事態宣言が出されました。接触8割減で感染拡大を急速に減少させることができると、北海道大学の西浦博教授の提言が報道されました。感染の推移を簡単な数学モデルで表して、「接触8割減で感染拡大を急速に減少させる」という雰囲気を味わってみようと考えました。そのとき思いついたアイデアは、感染は自己触媒反応と同じだということです。この着想は、むかし勉強した化学反応速度論から出たものです。
自己触媒反応とは、A→Yの反応が生成物Yによって促進されるような反応です。Xの濃度をx、Yの濃度をyとし、2次反応定数をaとすると、Xの変化の速度式は、
dx/dt = -a xy
です。さらにY→Zの反応が続行するとき、その1次反応定数をbとすれば、YとZの変化の速度式はそれぞれ
dy/dt = a xy – b y
dz/dt = b y
となります。ここで、x, 未感染者数; y, 感染者数; z, 回復者数+死亡者数; a, 一定期間ごとに未感染者から感染者が発生する割合; b, 一定期間ごとに感染者が回復ないし死亡する割合、と読み替えると感染症の数学モデルになります。

この微分運方程式の解き方が分からなかったので、数学に強い知人に尋ねました。そして、数値計算でx、y、zの値を求める、R言語で書かれたプログラムを送ってもらいました。そのプログラムで、a = 0.1、b = 0.02の場合、図1のようなグラフが描かれます。感染者は急に増加してピークに達したのち徐々に減少します。これは、医療の介入が全くないときの感染の推移です。


x, 黒;  y, 赤;  z, 青

x, 黒;  y, 赤;  z, 青


プログラムでyが0.2を超えたら、a = 0.02に変更する条件(緊急事態宣言)を付け加えると、図2のグラフのようになります。緊急事態宣言によって感染者が減少に転じます。これは接触8割減に相当します。yが0.2を超えたら、a = 0.04に変更する条件の場合は図3のグラフが得られます。緊急事態宣言のあと感染者数は暫く横ばいで推移したのち減少し始めます。これは接触6割減に相当します。
 
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注[i] 本質的なことは変わりませんが、致死率0.2%の仮定は棄却されるかもしれません。大阪市大の調査研究で、「抗体陽性率の95%信頼区間は0.33-2.8%でした。」とありますから、致死率から推測した感染率0.45%は95%信頼区間内にありますが、区間の端近くの値です。神⼾市⽴医療センター中央市⺠病院の抗体検査の結果(~3%)を考慮すると、致死率は0.2%より小さいかも知れません。一般住民を対象として抗体検査とPCR 検査を同時に行う疫学研究が望まれます。


2020年3月24日火曜日

等速円運動の加速度の導出―ニュートンの思考をたどりつつ―

ある知人が、ときに国際宇宙ステーションの観測日時を知らせてきます。デジカメで撮影を試みたり、人工衛星の円運動の力学を勉強したりしてみました。これだけやれば、「ボーと見てんじゃねーよ」とチコちゃんにしかられずにすみそうだと自画自賛です。物理学の教科書には、等速円運動する物体が受ける向心力の加速度は、速度の2乗を半径で割った商に等しいと書かれています。ニュートンはこの関係をどのように導き出したかを知ろうと調べてみました。今回は、そのまとめです。ニュートンによる等速円運動の加速度の導出には、内接正多角形の辺に沿った運動や円運動からそれた物体の落下運動が使われました。ニュートン流の導出をたどってみます。現代の力学書にある標準的な方法にも触れます。最後に、上記の等速円運動の加速度を使って、太陽が惑星に及ぼす引力が、軌道半径の2乗に反比例することを示します。初めに、参考にした資料を掲げておきます。

1)中島秀⼈著『ニュートンに消された男 ロバート・フック』(角川ソフィア文庫)、2019
2)アイザック・ニュートン著、中野猿人訳・注『プリンシピア 自然哲学の数学的原理』講談社、1977
3)山本義隆著『原子・原子核・原子力―私が講義で伝えたかったこと』岩波書店、2015
4)エス・イ・ヴァヴィロフ著、三田博雄訳『アイザック・ニュートン』東京図書、1958
5)和田純夫著『プリンピキアを読む』講談社、2009
6)小出昭一郎著『物理学 三訂版』裳華房、2008
7)高橋義郎著『力学の発見―ガリレオ・ケプラー・ニュウートン』(岩波ジュニア新書)、2013

ニュートンが最初に等速円運動の向心力の導出を試みたときのアイデアの話から始めます。参考資料1に、ニュートンが等速円運動の遠⼼⼒を導くのに、図1のように物体が円形の壁にぶつかって跳ね返るモデルを使ったことが載っています。彼はペストの流⾏を逃れて帰郷した折(1666年)に、いろいろな研究のアイデアを「雑記帳」に記しましたが、その中に書かれているそうです。ニュートンは、物体が正多⾓形の辺に沿って進み、各頂点で外接円によって反射されるような運動を考えました。このモデルは、時を経て1687年に出版されたニュートンの主著『プリンキピア』の第1編1章命題4の説明の最後(参考資料2)にも出てきます。その部分の要旨は次のようです。

物体が反射するとき円に突き当たる力は、その速度に比例するはずである。また、物体が一定時間当たり円に及ぼす力の総和は、その速度と反射回数との積に比例すると考えることができる。一定時間当たりの反射回数は速度注1に比例し、円の半径に反比例する注2ので、物体が円に及ぼす力の総和は、その速度の2乗を半径で割った商に比例することになる。そして、多角形はその辺を無限に小さくすると円に収束するので、円運動においても同じ関係が成り立つ。物体が円に及ぼす力が遠心力で、この力と逆向きで大きさが等しい向心力が物体を中心へ向けて押し返す。
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注1参考資料2には、「与えられた時間内に描く長さ」と書かれているので、「速度」と表現しました。
注2多角形がそのまま大きくなれば、一定時間当たりの反射回数は多角形の大きさに反比例して減る。

物体が円形の壁によって反射される現象に現代風にアプローチします。参考資料3(56-57頁)の気体分子運動論の解説に、その答えがありました。気体分子が球形の容器に入っていて、壁面と弾性衝突を繰り返す運動によって分子が器壁から受ける力が計算されています。一個の分子の運動を考えます。衝突は極短時間Δtで起き、そのときだけ分子は力fを受けるので、相次ぐ衝突の時間間隔tの間に物体が受ける力の加重平均<f>は、fがその間一定と近似すれば、次の式で表されます注[i])。

<f>={f×Δt + 0×(t-Δt)}/t = fΔt/t

図1.正多角形の辺に沿った運動。正8角形の辺の頂点でその外接円の壁によって反射される様子を示す。反射の際の力積から、物体が円の中心に向かって受ける力を計算することができる。ニュートンが描いた図は、正方形の辺に沿った運動で、参考資料1の275頁にある。

図1のように、質量mの分子が速度vでA→Bと進んでBで反射し、B→Cと進むとします。このとき分子の運動量mvのBOに直角方向の成分は変わりませんが、∠ABO =∠CBO =θとすると、BO方向の成分には2mv cosθの変化が起きます。運動量の変化量は分子が受ける力積に等しいので、fΔt=2mv cosθです。また、ABの距離は、球の半径をrとすると2r cosθで、この距離を分子が移動する時間はt=(2r cosθ)/vとなるので、


<f>=fΔt/t = 2mv cosθ/{(2r cosθ)/v} = m(v2/r)

です。したがって、分子に作用する加速度の時間平均はv2/rになります。この結果は多角形の辺の数に依存しません。分子を物体に置き替えれば、物体の円形の壁による反射がもたらす向心力の加速度が求められます。多角形の辺の数が多くなると円に収束するので、円運動においても加速度は、v2/rになります。ここで、fΔtは衝突による力積の近似表現です。詳しくは注[i]を参照して下さい。

このように円形の壁による反射を解析的に扱うと向心力の加速度が求まりますが、ニュートンが上記の正多角形の辺に沿う回転運動のモデルから求めたのは遠心力で、これと釣り合う力として向心力を考えました。のちに、ニュートンは慣性運動する物体が円の中心に向かって絶えず落下しているのが等速円運動だと考えて、その加速度を導出しました。ただし、このアイデアは、R.フックによる惑星の運動についての見解がヒントになったようです。彼は、1679年にニュートンに手紙を送り「惑星の運動を接線に沿う直線運動と中心の物体に向かう吸引運動との複合とみる」という見解について意見を乞いました。これがきっかけとなって、ニュートンが力学の問題に本格的に取り組むようになったと見られています(参考資料1、293-295頁、参考資料4、131-132頁)。

では、ニュートンはどのように円運動の加速度を導出したのでしょうか。その筋道をたどってみます。その先に万有引力が見えてきます。
図2. 円運動から接線方向にそれた物体の落下運動。円運動している物体がAで向心力を受けずに慣性運動で極短時間AからCへ進み、続いてCから縦方向(直径ADに平行)にBまで移動すると仮定する。この状況設定で、AからBへの円運動において縦方向の変位に注目すると、この変位はCからBへの落下とみなすことができる。この落下にガリレオの落下の法則を適用して向心力の加速度を求めることができる。この図は参考資料5の125-127頁にある解説に基づいて作成した。


参考資料5(125-127頁)にある解説を参考にしました。図2に示すように、左回りに円運動をしている物体が円周上の点Aで円運動から極短時間それて接線方向のCに達したあと、Cから直径AGに平行に移動して円周上の点Bに至るとします。これは円運動によるAからBへの変位を慣性運動と落下の二つの運動に置き換え、それらを近似したものですが、後に厳密に扱います。

まず、移動距離BCを幾何学で求めます。BDはBから直径AGに下した垂線です。△ABCと△GABは相似な直角三角形(∵ ∠BACと∠BGAは、∠BADと足すと90度なので、等しい)であるから、AB/BC = GA/ABであり、ゆえにBC = AB2/GAとなります。BをAに近づけた極限で、弧AB=ABになるので、

BC = 弧AB2/GA
です。

ここで、AからBに短時間進む等速円運動を考えます。この運動によってAにおける接線上の点C(∠ACB=90°)からBへの縦方向の変位が生じます。この変位は円軌道からそれた物体が元の軌道へ戻るイメージから落下とみることができます。この落下をもたらすのは円運動の向心力と考えます。この向心力は実際には物体がAからBに進む間、物体に作用したものですが、それがAからCに進む慣性運動の間はお預けになり、落下のときに作用すると考えます。これは上で円弧AB間の運動を二つの運動に置き換えた後者に対応します。この向心力による加速度ベクトルαの大きさα=|α|は円軌道上で一定で、方向も微小時間においてはほぼ一定なので、ここでは加速度は一定とみなすことにします。するとCからBへの運動はガリレオの落下の法則に従います。円運動をしている物体が慣性によりCに向かう直線運動から外れていくのを向心力による落下とみているのですが、ACは接線なので落下の初速度はゼロです。物体が等速円運動によりAからBに進む微小な時間をtとすると落下時間もtに等しく、落下距離BCは落下の法則により

BC=αt2/2

です。上記の幾何学の関係は、円の半径をrとして

BC = 弧AB2/2r
だから、
αt2/2 = 弧AB2/2r   ∴α=(弧AB/t)2/r

弧ABは物体の移動距離だから、弧AB/tは速さです。速さをvとすると、
α=v2/r               (1)
が得られます。

以上、ニュートンが円運動の向心力の導出に至った経緯をたどりました。ここで、現在の標準的な方法で円運動の力学を厳密に扱ってみます。速度、加速度の力学的概念が数学的に確立され、微積分など数学的手段も整備された現在、それらをほとんど機械的に扱うことができます。まず、物理学の教科書(参考資料6,7-9頁)に載っている予備知識から始めます。

物体がxy平面上で半径rの円周上を一定の角速度ωで回転する運動は、位置ベクトルrのx成分とy成分で表されます。

x = r cosωt,       y = r sinωt

これらをtで微分して、速度ベクトルvのx成分とy成分

vx = -rω sinωt,        vy = rω cosωt

が得られ、さらにtで微分して、加速度ベクトルαのx成分とy成分は

αx = -rω2 cosωt = -ω2x,       αy = -rω2 sinωt = -ω2y

となります。ゆえに、α = -ω2rとなり、加速度は円の中心に向かいます。その大きさは半径のω2倍です。

図3.  円運動から接線方向にそれた物体の落下運動。図2を右回りに90度回転させて、図2のAからBへの運動を、Aから接線方向のC‘までの慣性運動とC‘からBへの落下運動の合成として、xy平面上に表せるようにした。ここで、AC’の長さは弧ABの長さに等しい点が、図2の場合と違うが、円運動の回転時間が微小であればAC’=ACとなる。

円運動をこのように表して、図2で示したような接線方向にそれる運動と接線上からの落下を解析しやすくするために、図2を右へ90度回転します。GAがx軸に一致し、これに垂直で中心Oを通る直線がy軸になります。Oが座標の原点です。円運動において、t=0でA(r,0)にあった物体は時間tの後に円周上のB(r cosωt, r sinωt)に移動します。この運動を二つに分けます。まずAから慣性により弧ABと等しい距離を進んでC’(r, rωt)に至る運動Maが起き、それにC’から加速度を受けてBに達する運動Mbが続くとします注[ii])。図2におけるCも図3に印しました。CはBからAC’に降ろした垂線の足で、直線運動の速度を円運動と同じ速度rωとすると、Aからの到達時間はtよりも短くなります。しかし、その差はt3のオーダーで注[iii])、tが小さい場合の近似計算においては無視できる可能性があります。したがって、図2は落下の状況を見やすく描いた近似図と言えます。

さて、図3に示したA→C’→Bの運動を解析的に扱ってみます。運動の始点から終点に至る変位ベクトルは、運動Maでは(0, rωt)で、運動Mbでは(r cosωt-r, r sinωt-rωt)で表されます。これらの変位ベクトルの成分をtで微分すれば、それぞれの運動の速度ベクトル(0, rω)と(-rωsinωt, rωcosωt-rω)が得られ、速度ベクトルをさらにtで微分すると、それぞれの運動における加速度ベクトル(0, 0)と(-rω2 cosωt, -rω2 sinωt)が求められます。

tが十分小さければ、3角関数の級数展開の最初2項を使って近似できるので、運動Mbについて、近似的に変位ベクトルは(-rω2t2/2, rω3t3/6)と表わされ、速度ベクトルは(-rω2t, -rω3t2/2), 加速度ベクトルは(-rω2, rω3t)となります。これらのベクトルで、y成分はx成分よりtの次数が1オーダー大きいので、y成分を無視すると、それぞれ(-rω2t2/2, 0)、(-rω2t, 0)、(-rω2, 0)になります。加速度ベクトルに注目すると、運動Mbは、x軸に沿った、加速度の大きさがrω2の落下運動であることが分かります。この状況を描いたものが図2になります。また、変位ベクトルから、落下距離がrω2t2/2 = αt2/2となって、落下の法則と一致します。落下速度はrω2t = αtです。円運動をしてる物体の速度をvとするとv = rωであり、加速度はα = rω2=(rω)2/r=v2/rとなって式(1)と同じになります。

ここで、ニュートンの時代に問題であった太陽をめぐる惑星の運動に話を移します。惑星の運動が等速円運動と仮定して話を進めます。太陽が惑星に及ぼす引力は、惑星に加わる向心力に等しく、容易に計算することができます(参考資料7、143-144頁)。

惑星の質量をmとすると向心力の大きさはf = mv2/rで、惑星の公転周期をTとするとv=2πr/Tで表されるから、
 
         f = m×4π2r/T2                                      (2)

となります。ケプラーの第3法則によれば、円軌道の半径と惑星の公転周期との間にはr3/T2=定数の関係があるので、

       f = 4π2rm/T2=4π2m×定数/r2                                (3)

となります。この式により、惑星に働く引力が、円軌道の半径の2乗に反比例すること(逆2乗則)が分かります。            

ここで、式(2)を月の運動に適用してみます。軌道半径r=3.84×108m(=38.4万km)、公転周期T=2.36×106秒(=27.3日)を式(2)に代入すると、月の受ける向心力は月の質量をM ㎏として、M×2.71×10-3m・㎏/s2となります。また、仮に月と同じ質量の質点を地上に置くと、重力加速度が9.81m/s2であるから、地球の引力が‘地上の月’に及ぼす力はM×9.81m・㎏/s2です。この力の大きさは、実際の月が受ける向心力の約3620倍です。ところで、惑星の運動から明らかになった式(3)の関係が、月の運動でも成り立つとすれば、地球が月に及ぼす引力は、円軌道の半径の2乗に反比例するはずです。地球の中心注[iv])から月までの平均距離は地球の半径の約60.3倍なので、月に及ぶ引力は地上の1/60.32≒1/3640となります。上の計算のように月が受ける向心力が‘地上の月’に働く引力の1/3620で、二つの計算値がうまく一致することが分かります。

ニュートンが地球の引力が月に及んでいることを証明した方法は上記と少し違いますが、本質的に同じです。図2に示すような月の落下を考え、一定時間の落下距離(天空での)から逆2乗則によって上記の仮想的な‘地上の月’の落下距離を求め、この距離が地上の物体の落下距離に等しくなることを示しました。説明の詳細は、参考資料5(52-56頁)に載っています。このようにして、ニュートンは、引力が太陽と惑星の間だけでなく、地球と月の間でも働いていること、さらに、月の落下と地上における物体の落下が同じ地球の引力に基づくことを明らかにしました。そして、あらゆる物の間で逆2乗則に従う引力が働くというアイデアから万有引力の仮説を打ち立てました。



注[i])力fが加わると物体の運動量 p = mvは変化する。その変化量 P= Δp = m(v2-v1)を力積と呼ぶ。Δtの間作用した力fの力積は積分P = ∫0Δtf(t)dtであるが、瞬時に終わる衝突などにおいては、前後の運動量の差として扱った方が便利である。
全時間tのうちの最初のΔtの間はf ≠ 0、それ以外でf = 0なら、力fの全時間平均は
<f>= {∫0Δtf(t)dt +∫Δttf(t)dt}/t = ∫0Δtf(t)dt/t = P/t         
である。Δtの間、fが一定でそれ以外でf=0なら、上式は
<f>= {f×Δt+0×(t-Δt)}/t = fΔt/t = P/t                
と簡略化される。ここではfΔtが力積である。衝突のようにΔtを無限小とみなす場合、fの全時間平均は、両式において力積Pを一定に保ちながらΔt→0とした場合の極限で、極限においても<f>= P/tは満たされる。

注[ii]) これら二つの運動が逐次的に進行すると、円運動の場合の2倍の時間を要する。円形鋸歯状の回転で一周に円運動の2倍(2π/ω)×2)の時間がかかるのは、円運動では同時に併行して進行する二つの過程を分けたので当然である。

注[iii]) AC’= rωt、AC = DB = OB sinωt = r sinωt ∴CC’ = AC‘-AC = r (ωt-sinωt)。sinωt = ωt-(ωt)3/3! + ‥‥と級数展開されるので、CC’ = (ωt)3/3! + ‥‥となる。AC方向の運動は等速だから、時間の差は距離の差CC’に比例するので、時間tに対してt3のオーダーである。

注[iv])地球の引力について、質量がその中心に集中しているとして逆2乗則を使うことができるのは、球形の物体(密度分布が球対称)による引力は、外部においてはその質量が中心に集まった場合と同じだからである。


(追記)一緒に考えてもらえる知人の協力もあって、この小文を書き上げることができました。

なお、この知人から「人工衛星の高度と周回の周期の関係に触れるのはいかがですか。」というコメントがあり、次のようにまとめてみました。

地上400 kmの高度で周回する国際宇宙ステーションの公転周期 T(秒)を計算してみます。r3/T2 =常数(ケプラーの第3法則)の関係は、月の軌道にも、人工衛星の軌道にも適用できます。月の軌道半径r=3.84×108m(=38.4万km)、公転周期T=2.36×106秒(=27.3日)で、地球の半径は6.37×106mだから、次の等式が成り立ちます。

(3.84×108) 3/(2.36×106) 2 = ((6.37+0.4)×106) 3/T2    

∴ T2 = {(6.37+0.40)×106} 3×(2.36×106) 2/(3.84×108) 3         
=(6.773×2.36 2/3.84 3)×(1018×1012/1024) =30.52×106    

T = 5.524×103秒= 92.076分となります。