2020年3月24日火曜日

等速円運動の加速度の導出―ニュートンの思考をたどりつつ―

ある知人が、ときに国際宇宙ステーションの観測日時を知らせてきます。デジカメで撮影を試みたり、人工衛星の円運動の力学を勉強したりしてみました。これだけやれば、「ボーと見てんじゃねーよ」とチコちゃんにしかられずにすみそうだと自画自賛です。物理学の教科書には、等速円運動する物体が受ける向心力の加速度は、速度の2乗を半径で割った商に等しいと書かれています。ニュートンはこの関係をどのように導き出したかを知ろうと調べてみました。今回は、そのまとめです。ニュートンによる等速円運動の加速度の導出には、内接正多角形の辺に沿った運動や円運動からそれた物体の落下運動が使われました。ニュートン流の導出をたどってみます。現代の力学書にある標準的な方法にも触れます。最後に、上記の等速円運動の加速度を使って、太陽が惑星に及ぼす引力が、軌道半径の2乗に反比例することを示します。初めに、参考にした資料を掲げておきます。

1)中島秀⼈著『ニュートンに消された男 ロバート・フック』(角川ソフィア文庫)2019
2)アイザック・ニュートン著、中野猿人訳・注『プリンシピア 自然哲学の数学的原理』講談社、1977
3)山本義隆著『原子・原子核・原子力私が講義で伝えたかったこと』岩波書店、2015
4)エス・イ・ヴァヴィロフ著、三田博雄訳『アイザック・ニュートン』東京図書、1958
5)和田純夫著『プリンピキアを読む』講談社、2009
6)小出昭一郎著『物理学 三訂版』裳華房、2008
7)高橋義郎著『力学の発見ガリレオ・ケプラー・ニュウートン』(岩波ジュニア新書)、2013

ニュートンが最初に等速円運動の向心力の導出を試みたときのアイデアの話から始めます。参考資料1に、ニュートンが等速円運動の遠⼼⼒を導くのに、図1のように物体が円形の壁にぶつかって跳ね返るモデルを使ったことが載っています。彼はペストの流⾏を逃れて帰郷した折(1666年)に、いろいろな研究のアイデアを「雑記帳」に記しましたが、その中に書かれているそうです。ニュートンは、物体が正多⾓形の辺に沿って進み、各頂点で外接円によって反射されるような運動を考えました。このモデルは、時を経て1687年に出版されたニュートンの主著『プリンキピア』の第11章命題4の説明の最後(参考資料2)にも出てきます。その部分の要旨は次のようです。

物体が反射するとき円に突き当たる力は、その速度に比例するはずである。また、物体が一定時間当たり円に及ぼす力の総和は、その速度と反射回数との積に比例すると考えることができる。一定時間当たりの反射回数は速度注1に比例し、円の半径に反比例する注2ので、物体が円に及ぼす力の総和は、その速度の2乗を半径で割った商に比例することになる。そして、多角形はその辺を無限に小さくすると円に収束するので、円運動においても同じ関係が成り立つ。物体が円に及ぼす力が遠心力でこの力と逆向きで大きさが等しい向心力が物体を中心へ向けて押し返す
―――――――――
注1参考資料2には、「与えられた時間内に描く長さ」と書かれているので、「速度」と表現しました。
注2多角形がそのまま大きくなれば、一定時間当たりの反射回数は多角形の大きさに反比例して減る。

物体が円形の壁によって反射される現象に現代風にアプローチします。参考資料3(56-57)の気体分子運動論の解説に、その答えがありました。気体分子が球形の容器に入っていて、壁面と弾性衝突を繰り返す運動によって分子が器壁から受ける力が計算されています。一個の分子の運動を考えます。衝突は極短時間Δtで起き、そのときだけ分子は力fを受けるので、相次ぐ衝突の時間間隔tの間に物体が受ける力の加重平均<f>は、fがその間一定と近似すれば次の式で表されます[i])。

<f>={f×Δt + 0×(tΔt)}/t = fΔt/t

1正多角形の辺に沿った運動。正8角形の辺の頂点でその外接円の壁によって反射される様子を示す。反射の際の力積から、物体が円の中心に向かって受ける力を計算することができる。ニュートンが描いた図は、正方形の辺に沿った運動で、参考資料1の275頁にある。

図1のように、質量mの分子が速度vA→Bと進んでBで反射し、B→Cと進むとします。このとき分子の運動量mvBOに直角方向の成分は変わりませんが、ABO =CBO =θとすると、BO方向の成分には2mv cosθの変化が起きます。運動量の変化量は分子が受ける力積に等しいので、fΔt2mv cosθです。また、ABの距離は、球の半径をrとすると2r cosθで、この距離を分子が移動する時間はt(2r cosθ)/vとなるので、


<f>=fΔt/t = 2mv cosθ/{(2r cosθ)/v} = m(v2/r)

です。したがって、分子に作用する加速度の時間平均はv2/rになります。この結果は多角形の辺の数に依存しません。分子を物体に置き替えれば、物体の円形の壁による反射がもたらす向心力の加速度が求められます。多角形の辺の数が多くなると円に収束するので、円運動においても加速度は、v2/rになります。ここで、fΔtは衝突による力積の近似表現です。詳しくは注[i]を参照して下さい。

このように円形の壁による反射を解析的に扱うと向心力の加速度が求まりますが、ニュートンが上記の正多角形の辺に沿う回転運動のモデルから求めたのは遠心力で、これと釣り合う力として向心力を考えました。のちに、ニュートンは慣性運動する物体が円の中心に向かって絶えず落下しているのが等速円運動だと考えて、その加速度を導出しました。ただし、このアイデアは、R.フックによる惑星の運動についての見解がヒントになったようです。彼は、1679年にニュートンに手紙を送り「惑星の運動を接線に沿う直線運動と中心の物体に向かう吸引運動との複合とみる」という見解について意見を乞いました。これがきっかけとなって、ニュートンが力学の問題に本格的に取り組むようになったと見られています(参考資料1、293-295頁、参考資料4、131-132頁)。

では、ニュートンはどのように円運動の加速度を導出したのでしょうか。その筋道をたどってみます。その先に万有引力が見えてきます。
2. 円運動から接線方向にそれた物体の落下運動。円運動している物体がAで向心力を受けずに慣性運動で極短時間AからCへ進み、続いてCから縦方向(直径ADに平行)にBまで移動すると仮定する。この状況設定で、AからBへの円運動において縦方向の変位に注目すると、この変位はCからBへの落下とみなすことができる。この落下にガリレオの落下の法則を適用して向心力の加速度を求めることができる。この図は参考資料5125-127頁にある解説に基づいて作成した。


参考資料5125127頁)にある解説を参考にしました。図2に示すように、左回りに円運動をしている物体が円周上の点Aで円運動から極短時間それて接線方向のCに達したあと、Cから直径AGに平行に移動して円周上の点Bに至るとします。これは円運動によるAからBへの変位を慣性運動と落下の二つの運動に置き換え、それらを近似したものですが、後に厳密に扱います。

まず、移動距離BCを幾何学で求めます。BDBから直径AGに下した垂線です。ABCGABは相似な直角三角形 BACBGAは、BADと足すと90度なので、等しい)であるから、AB/BC = GA/ABであり、ゆえにBC = AB2/GAとなります。BAに近づけた極限で、弧ABABになるので、

BC = AB/GA
です。

ここで、AからBに短時間進む等速円運動を考えます。この運動によってAにおける接線上の点CACB=90°)からBへの縦方向の変位が生じます。この変位は円軌道からそれた物体が元の軌道へ戻るイメージから落下とみることができます。この落下をもたらすのは円運動の向心力と考えます。この向心力は実際には物体がAからBに進む間、物体に作用したものですが、それがAからCに進む慣性運動の間はお預けになり、落下のときに作用すると考えます。これは上で円弧AB間の運動を二つの運動に置き換えた後者に対応します。この向心力による加速度ベクトルαの大きさα=|α|は円軌道上で一定で、方向も微小時間においてはほぼ一定なので、ここでは加速度は一定とみなすことにします。するとCからBへの運動はガリレオの落下の法則に従います。円運動をしている物体が慣性によりCに向かう直線運動から外れていくのを向心力による落下とみているのですが、ACは接線なので落下の初速度はゼロです。物体が等速円運動によりAからBに進む微小な時間をtとすると落下時間もtに等しく、落下距離BCは落下の法則により

BCαt/2

です。上記の幾何学の関係は、円の半径をrとして

BC = AB/2r
だから、
αt/2 = AB/2r   α(AB/t)/r

ABは物体の移動距離だから、弧AB/tは速さです。速さをvとすると、
α=v2/r               (1)
が得られます。

以上、ニュートンが円運動の向心力の導出に至った経緯をたどりました。ここで、現在の標準的な方法で円運動の力学を厳密に扱ってみます。速度、加速度の力学的概念が数学的に確立され、微積分など数学的手段も整備された現在、それらをほとんど機械的に扱うことができます。まず、物理学の教科書(参考資料67-9頁)に載っている予備知識から始めます。

物体がxy平面上で半径rの円周上を一定の角速度ωで回転する運動は、位置ベクトルx成分とy成分で表されます。

x = r cosωt,       y = r sinωt

これらをtで微分して、速度ベクトルx成分とy成分

v= -rω sinωt,        v= rω cosωt

が得られ、さらにtで微分して、加速度ベクトルαx成分とy成分は

α= -rωcosωt = -ω2x,       α= -rωsinωt = -ω2y

となります。ゆえに、α = 2となり、加速度は円の中心に向かいます。その大きさは半径のω2倍です。

3.  円運動から接線方向にそれた物体の落下運動。図2を右回りに90度回転させて、図2のAからBへの運動を、Aから接線方向のCまでの慣性運動とCからBへの落下運動の合成として、xy平面上に表せるようにした。ここで、AC’の長さは弧ABの長さに等しい点が、図2の場合と違うが、円運動の回転時間が微小であればAC’ACとなる。

円運動をこのように表して、図2で示したような接線方向にそれる運動と接線上からの落下を解析しやすくするために、図2を右へ90度回転します。GAx軸に一致し、これに垂直で中心Oを通る直線がy軸になります。Oが座標の原点です。円運動において、t=0A(r,0)にあった物体は時間tの後に円周上のB(r cosωt, r sinωt)に移動します。この運動を二つに分けます。まずAから慣性により弧ABと等しい距離を進んでC’(r, rωt)に至る運動Maが起き、それにC’から加速度を受けてBに達する運動Mbが続くとします[ii]。図2におけるCも図3に印しました。CBからAC’に降ろした垂線の足で、直線運動の速度を円運動と同じ速度とすると、Aからの到達時間はtよりも短くなります。しかし、その差はt3のオーダーで[iii]、tが小さい場合の近似計算においては無視できる可能性があります。したがって、図2は落下の状況を見やすく描いた近似図と言えます。

さて、図3に示したAC’→Bの運動を解析的に扱ってみます。運動の始点から終点に至る変位ベクトルは、運動Maでは(0, rωt)で、運動Mbでは(r cosωt-r, r sinωt-rωt)で表されます。これらの変位ベクトルの成分をtで微分すれば、それぞれの運動の速度ベクトル(0, rω)と(-rωsinωt, rωcosωt-rω)が得られ、速度ベクトルをさらにtで微分すると、それぞれの運動における加速度ベクトル(0, 0)(-rω2 cosωt, -rω2 sinωt)が求められます。

tが十分小さければ、3角関数の級数展開の最初2項を使って近似できるので、運動Mbについて、近似的に変位ベクトルは(-rω2t2/2, rω3t3/6)と表わされ、速度ベクトルは(-rω2t, -rω3t2/2), 加速度ベクトルは(-rω2, rω3t)となります。これらのベクトルで、y成分はx成分よりtの次数が1オーダー大きいので、y成分を無視すると、それぞれ(-rω2t2/2, 0)(-rω2t, 0)(-rω2, 0)になります。加速度ベクトルに注目すると、運動Mbは、x軸に沿った、加速度の大きさが2の落下運動であることが分かります。この状況を描いたものが図2になります。また、変位ベクトルから、落下距離が2t2/2 = αt2/2となって、落下の法則と一致します。落下速度は2t = αtです。円運動をしてる物体の速度をvとするとv = rωであり、加速度はα = rω2(rω)2/r=v2/rとなって式(1)と同じになります。

ここで、ニュートンの時代に問題であった太陽をめぐる惑星の運動に話を移します。惑星の運動が等速円運動と仮定して話を進めます。太陽が惑星に及ぼす引力は、惑星に加わる向心力に等しく、容易に計算することができます(参考資料7143-144頁)。

惑星の質量をmとすると向心力の大きさはf = mv2/rで、惑星の公転周期をTとするとv=2πr/Tで表されるから、
 
         f = m×4π2r/T2                                      (2)

となります。ケプラーの第3法則によれば、円軌道の半径と惑星の公転周期との間にはr3/T2=定数の関係があるので、

       f = 4π2r/T22×定数/r                                (3)

となります。この式により、惑星に働く引力が、円軌道の半径の2乗に反比例すること(逆2乗則)が分かります。            

ここで、式(2)を月の運動に適用してみます。軌道半径r=3.84×10(=38.4km)、公転周期T=2.36×10(=27.3日)を式(2)に代入すると、月の受ける向心力は月の質量をM ㎏として、M×2.71×10-m・㎏/s2となります。また、仮に月と同じ質量の質点を地上に置くと、重力加速度が9.81m/s2であるから、地球の引力が地上の月に及ぼす力はM×9.81m・㎏/s2です。この力の大きさは、実際の月が受ける向心力の約3620倍です。ところで、惑星の運動から明らかになった式(3)の関係が、月の運動でも成り立つとすれば、地球が月に及ぼす引力は、円軌道の半径の2乗に反比例するはずです。地球の中心[iv])から月までの平均距離は地球の半径の約60.3倍なので、月に及ぶ引力は地上の1/60.321/3640となります。上の計算のように月が受ける向心力が地上の月に働く引力の1/3620で、二つの計算値がうまく一致することが分かります。

ニュートンが地球の引力が月に及んでいることを証明した方法は上記と少し違いますが、本質的に同じです。図2に示すような月の落下を考え、一定時間の落下距離(天空での)から逆2乗則によって上記の仮想的な地上の月の落下距離を求め、この距離が地上の物体の落下距離に等しくなることを示しました。説明の詳細は、参考資料552-56頁)に載っています。このようにして、ニュートンは、引力が太陽と惑星の間だけでなく、地球と月の間でも働いていること、さらに、月の落下と地上における物体の落下が同じ地球の引力に基づくことを明らかにしました。そして、あらゆる物の間で逆2乗則に従う引力が働くというアイデアから万有引力の仮説を打ち立てました。



[i]力fが加わると物体の運動量 p = mvは変化する。その変化量 P= Δp = m(v2-v1)を力積と呼ぶ。Δtの間作用した力fの力積は積分P = ∫0Δtf(t)dtであるが、瞬時に終わる衝突などにおいては、前後の運動量の差として扱った方が便利である。
全時間tのうちの最初のΔtの間はf ≠ 0、それ以外でf = 0なら、力fの全時間平均は
<f>= {∫0Δtf(t)dt +∫Δttf(t)dt}/t = ∫0Δtf(t)dt/t = P/t         
である。Δtの間、fが一定でそれ以外でf=0なら、上式は
<f>= {f×Δt+0×(tΔt)}/t = fΔt/t = P/t                
と簡略化される。ここではfΔtが力積である。衝突のようにΔtを無限小とみなす場合、fの全時間平均は、両式において力積Pを一定に保ちながらΔt→0とした場合の極限で、極限においても<f>= P/tは満たされる。

[ii] これら二つの運動が逐次的に進行すると、円運動の場合の2倍の時間を要する。円形鋸歯状の回転で一周に円運動の2(2π/ω)の時間がかかるのは、円運動では同時に併行して進行する二つの過程を分けたので当然である。

[iii] AC’= rωtAC = DB = OB sinωt = r sinωt CC’ = AC‘AC = r (ωtsinωt)。sinωt = ωt(ωt)3/3! + ‥‥と級数展開されるので、CC’ = (ωt)3/3! + ‥‥となる。AC方向の運動は等速だから、時間の差は距離の差CC’に比例するので、時間tに対してt3のオーダーである。

[iv]地球の引力について、質量がその中心に集中しているとして2乗則を使うことができるのは、球形の物体(密度分布が球対称)による引力は、外部においてはその質量が中心に集まった場合と同じだからである。


(追記)一緒に考えてもらえる知人の協力もあって、この小文を書き上げることができました。

なお、この知人から「人工衛星の高度と周回の周期の関係に触れるのはいかがですか。」というコメントがあり、次のようにまとめてみました。

地上400 kmの高度で周回する国際宇宙ステーションの公転周期 T(秒)を計算してみます。r3/T2 =常数(ケプラーの第3法則)の関係は、月の軌道にも、人工衛星の軌道にも適用できます。月の軌道半径r=3.84×10(=38.4km)、公転周期T=2.36×10(=27.3日)で、地球の半径は6.37×106mだから、次の等式が成り立ちます。

(3.84×108) 3/(2.36×106) 2 = ((6.37+0.4)×106) 3/T2    

T2 = {(6.37+0.40)×106} 3×(2.36×106) 2/(3.84×10) 3         
=(6.773×2.36 2/3.84 3)×(1018×1012/1024) =30.52×106    

T = 5.524×103= 92.076分となります。





2018年5月2日水曜日

1)原子・分子をめぐる歴史


大学の同期生の会(平成30年331日開催)の世話人から「水素をH、酸素をO、水 をH2Oと表し、水素と酸素の反応を『2H2 O→  H2O』と表すようになった経緯」を語って欲しいとの依頼がありました。「原子説・分子説」が確立した歴史をたどれば分かるはずと思い、化学史関連の本も数冊持っていたので、読んでみる良い機会と考えて引き受けました。この小文は、その時作ったスライド原稿をもとにまとめたものです。

I  原子説・分子説の確立  

① 近代的な原子説の確立以前の状況
ルネッサンスによって、古代ギリシャの原子説が復活し、 17世紀には、粒子的物質観を持ったボイル(1627-1691)やニュートン(1642-1727)のような物理学者が登場した。化学の分野では、ドルトンが近代的な原子説を提唱する前の18世紀後半に、酸素、窒素、水素などの元素や炭酸ガスのような化合物が続々と発見され、ラボアジェが近代化学の基礎を固め、「化学要論」(1789年)を著した。その中で、化学分解できない物質を元素と定義し、歴史上初めての元素表を示した。

②近代的な原子説の確立
  1808年に、ドルトン(イギリス)が化合物を構成する原子について考察し、著書「化学の新体系」の中で原子説を説いた。次の二点が今日に受け継がれているキーポイントである。

すべての元素は、一定の質量を持つ原子からなる。
化合物は、異なる種類の元素の原子が簡単な数の比で結合することによってつくられる。 

ドルトンは、おのおのの元素に対応する原子が存在すると考え、水素原子の質量を基準にとって1とし、各原子に「相対質量」を割り当てた*。現在の「原子量」の基準は、12Cの原子量を12としているが、基本的にはドルトンの方式である。また、独自の元素記号を考え、化合物の化学式を表現できるようにした。例えば、酸素と炭素の元素記号(それぞれ○と●)を使って、一酸化炭素を ○●、二酸化炭素を○●○と描き表した。これは、今日のCOCO2に対応している。
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* に対しては、水素と酸素の化合物が、当時水しか知られていなかったため、水は水素と酸素が1原子ずつからできるとした( 「最単純性の原理」を仮定)。その結果、水の構成元素の質量の割合が、水素15、酸素85(ラボアジェの研究結果)なので、酸素原子の「相対質量」は 85/15 = 5.66 とした。のちに、より正確な分析値によって7に改めた。今日の酸素の原子量16の約半分の値になったのは、水の組成を水素と酸素が1原子ずつと仮定したためである。
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ドルトンの原子説を今日的に表現すれば、以下のようになる。
○各々の元素は、固有の原子量を持つ。
○元素Aがm原子、元素Bn原子からできている化合物は、AmBn(mとnは、簡単な整数)と表される。
このように考えると、当時知られていた「質量保存の法則(化学反応の前後で、物質の総質量は変化しない)」および「定比例の法則(ある一つの化合物の成分元素の質量比は、常に一定である)」を説明することができた。さらに、ドルトン自身が原子説の根拠として「倍数比例の法則(2種の元素ABから、2種以上の化合物ができるとき、Aの一定量と化合するBの質量比は簡単な整数となる)」を発表した。

③気体反応の法則(反応体積比の法則)の発見
1808年,ゲイ・リュサック(フランス)が発表した。

気体反応における気体の体積は、同温・同圧の条件で簡単な整数比になる。


水素と酸素を電気火花で化合させたときの体積比を正確に決めると、水素:酸素=2:1 であった。さらに、窒素と酸素から窒素酸化物ができる反応の結果は、表1のようになり、反応する酸素と窒素の体積は整数比であった。この表にある一酸化窒素ができる反応を例にして以下の説明をする。この反応では、窒素1体積と酸素1体積の反応によって一酸化窒素2体積が生成するので、この反応は図1A のように表される。そうすると、反応の前後で反応系の体積は同じで、粒子の総数が半分になる。言い換えると一酸化窒素は窒素や酸素と同じ粒子数で2倍の体積を持つことになる。ドルトンはそうだと考えた。
1. 気体反応の法則の一酸化窒素の生成反応への適用。
窒素1体積と酸素1体積の反応によって一酸化窒素2体積が生成する事実を踏まえたドルトン(1Aとアボガドロ(1Bの考え方。


④アボガドロの分子説
1811年、アボガドロ(イタリア)が、ドルトンの原子説を修正して気体反応の法則を説明するのに成功した。その時、次の2つの仮定をした。

単体の気体では、2 個の原子からなる粒子(分子)が構成単位である。
同温、同圧では、同じ体積の気体には、どのような種類の気体でも同数の粒子が含まれる。

1Bに示すように、①の仮定のように2 個の原子からなる窒素と酸素が体積比1:1で反応すると、一酸化窒素2体積が生成して❷の仮定のように同一体積に同数の粒子が含まれるようになる。
分子説は、当時の化学者にすんなりと受け入れられなかった。容認されたのは、半世紀の後で、アボガドロの死後のことであった。いろいろ要因はあるとされるが、化学界の重鎮ベルセリウス(スウェーデン)の批判もその一つとされる。彼は、ドルトンの原子説の重要性を認め、正しい原子量を得る努力をした。しかし、化合物は原子間の電気的な力で生成されると考え、同種の原子どうしは結合しないと主張した。そして、当時の化学界が分子説を拒絶した結果、物質の化学式の表記が研究者によって異なり、そのため元素の原子量の値が確定しない状態であった。

⑤カールスルーエの国際化学会議
1860年、約120人の化学者が集まり、当時混乱していた原子・分子の概念、元素記号の問題、原子量の決め方などを議論した。そして、原子量は水素原子を基準(原子量 1)にして示すこと、および、元素記号はベルセリウスの記号( 1813年)を用い、ラテン名の最初の1文字または2文字で表す*ことが決議された。
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** H2Oのように、原子の数を下付きにするのは、リービヒッヒ(ドイツ)が導入(1834年)した。また、反応を等式で示す表現は1840年代に、グレアム(イギリス)が始めた。
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この会議でカニッツアロ(イタリア)がアボガドロの分子説を再評価したことが有名で、分子説を原子量・分子量の決定の基準にすべきであると主張した。決議には至らなかったが、参加者に自分の論文を配布し注意を喚起した。このことが契機となり、分子説が化学者の間に広まった。しかし、原子・分子の実在が証明されたのは、20世紀初めことである。

II  原子説・分子説の発展

①気体分子運動論の発展と原子説への攻撃
19世紀後半に、クラウジュウス(ドイツ)、マクスウェル(イギリス)、ボルツマン(ドイツ)らが、気体分子運動論を発展させた。この理論では、圧力や温度などの気体の性質を、多数の気体分子の運動(平均化された)に基づいて説明した。ここでは、初期の理論で解説する。

N個の理想気体分子が体積V の中にあるとする。壁面への分子N個の衝突による圧力(p)は、分子の質量をm、分子の速度を𝒗とすると、次式が得られる。
p =N/Vm𝒗2 >・・・・・・・・・・式1
この式と 𝒑𝑽 = 𝑹𝑻NA𝒌𝑻 から、気体分子1個当たりの平均運動エネルギーは、
 (1/2) m𝒗2 > =(3/2kT・・・・・・・・式2

となる。ここで、𝑹は気体定数、𝒌 はボルツマン定数、 NA はアボガドロ定数である。
式2は任意の𝒎の値に対し(つまり気体の種類に関係なく)成り立ち、同温ならm𝒗2 >は同じなので、式1で同圧、同体積の場合Nが同じになる。
気体分子運動論は原子説・分子説を強く支持するものであったが、19世紀末になっても、マッハやオストワルドのような高名な学者が原子説を攻撃した。

②原子・分子の実在性の証明
1905年、アインシュタインが、ブラウン運動の理論を発表した。彼は、水に浮かんだ微粒子のブラウン運動が、水分子が微粒子にランダムに衝突することによって起きると仮定して、一定時間()に起きる微粒子の変位(x)の2乗平均x2を表す式を示した。
x2 =RT/NA )×(1/3πaη×t
 ここで、 a は粒子の直径、 η溶媒の粘性率 である。
この理論の正しさを、ぺラン(フランス)が1908年から1912年にかけて実験をして証明した。顕微鏡下での微粒子の運動の観察結果(図2)から、上の理論式が正しいことが分かり、NAの値として6.88 × 1023が得られた。微粒子の鉛直方向の分布を測定するなど種々のアプローチで得たNAの値は、6.5 6.9 × 1023であった。アボガドロの業績にちなんで NA はアボガドロ数と命名された。今日ではNA はアボガドロ定数と呼ばれ、6.02 × 1023ol1と表される。ぺランの研究によって、原子・分子の存在が広く科学者に信じられるようになった。
2. ぺランが、顕微鏡下に3個の粒子について30秒ごとの位置を方眼紙に写しとった図


 その後、X線結晶構造解析、走査型トンネル顕微鏡、クライオ電子顕微鏡などの技術が発展し、より直接的に原子・分子を実感できるようになった。

③「武谷三段階論」で見た原子・分子をめぐる歴史
「武谷三段階論」は、私が大学生の頃に知った唯物弁証法に基づいた自然の認識についての考え方である。これまでの話をこの考え方に沿って眺めてみようと思う。「武谷三段階論」が、坂田晶一著「科学に新しい風を」(新日本新書)に簡潔に解説されている。

「自然の認識は、現象論―実体論―本質論という三段階の環を画きながら螺旋的に進む弁証法的過程だというのです。最初は個別的事実が記述される段階で、ニュートン力学でいえばティコ・ブラーエまでの段階です。第二は、現象の背後にある実体的構造があばきだされる段階、すなわち特殊の構造をもつ対象が特殊の条件の下に特殊の現象を示すことがのべられるケ プラー的段階です。そして最後は任意の構造をもつ対象が任意の条件の下にいかなる現象をおこすかを予見しうる段階で、ニュートン的段階ともいえましょう。」

  ニュートン力学の確立に適用した場合、ティコ・ブラーエが惑星運行の観測を記録したのが現象論的段階、ケプラーが太陽系に関する法則を見つけたのが実体論的段階、ニュートンが運動の法則を発見したのが本質論的段階ということになる。
  原子・分子の認識に至る歴史的な流れに「武谷三段階論」を適用してみると、次のようになると考えられる。ボイル・シャルルの法則や化合物の組成や化学反応に関する法則(質量保存の法則、定比例の法則、倍数比例の法則および気体反応の法則)の発見が現象論的段階、ドルトンの原子説およびアボガドロの分子説の提案が実体論的段階ということができる。上述の初期の気体分子運動論は、気体分子の平均運動エネルギーや平均速度の予見を可能にしたが、任意の構造をもつ対象の振る舞いを予見しうる理論と言うには力不足の感じがする。本質論的段階なら気体のみならず固体の現象の予見が期待される。

ところで、固体の現象で原子の存在を予感させるような法則が、1819年にデュロン(フランス)とプティ(フランス)によって見出された。


●多くの固体単体で、比熱と原子量の積が一定になる。

1 グラムの物質の温度を1 ℃あげるのに必要な熱量が比熱だから、原子量に重さの単位グラムをつけた量(1モル)の熱容量(モル熱容量)が一定ということである(表2)。実は、モル熱容量 =R (=25 ジュール/ケルビン)であることが、本質論的段階に達すると見えてくる。その段階とはボルツマンやギッブス(アメリカ)が確立・発展させた統計力学で、これによってミクロの立場から様々なマクロの現象の説明が可能になった。
3. カノニカル分配関数(Z)から熱力学量を導く際の筋道。記号は本文参照。参考資料10にある図。

 統計力学の教科書の記述に基づいて、この理論によって任意の構造をもつ対象の振る舞いを予見できる様子を見てみたい。田中 一義著「統計力学入門:化学の視点から」(化学同人)に「カノニカル分配関数と熱力学量との関係」の章があって、カノニカル分配関数(Z)から内部エネルギー(U)、エントロピー(S)、ヘルムホルツの自由エネルギー(A)、圧力(p)、ギッブスの自由エネルギー(G)などの熱力学量を導く際の筋道を示すスキーム(図3がのっている。カノニカル分配関数は、NVおよびTが一定で熱的平衡状態にある粒子集合全体(系)を扱うときの分配関数である。任意の具体的な系に対しZを計算して上記の熱力学量を導くのを可能にするのが統計力学である。
単原子分子の理想気体の場合、を計算するのに、体積の中に個の分子があってが一定の条件で分子が飛び回っているモデルを考える。そうすると最終的にU (3/2)NkTが得られる。これは式2N倍したものに等しい。また、圧力については最終的に、p = NkT/V が得られるので、1モルの気体(NNAでは、NA𝒌 = R なので𝒑𝑽 = 𝑹𝑻が導かれる
また、固体単体の原子の場合は、を計算するのに、固体をつくっている個の分子が一定の条件において、同じ振動数でそれぞれ独立に振動していると考える。この場合には最終的にU = 3NkTが得られ、固体の量が1モル(NNA)のときU = 3 𝑹𝑻となる。したがって、固体のモル熱容量(定容)は、Cv = U/∂T= 3 𝑹となる。ちなみに、単原子分子の理想気体のモル熱容量(定容)は、Cv =U/∂T= (3/2 )𝑹となる。

III 原子説・分子説のすごさ
 運動する粒子と言いう観点から見た原子説・分子説の発展は、上記の通りである。原子説・分子説の発展のもう一つの流れに、化学結合論がある。ベルセリウスは、アボガドロの分子説に対して、同種の原子どうしは結合しないと主張した。この主張はカニッツアロの努力によって退けられ、水素や酸素のような2原子分子が認められるようになった。このような原子間の結合を説明する共有結合の概念が提唱されたのは、1916年のことでルイス(アメリカ)による。それは、オクテット則(結合する各原子が価電子を8個もつ。水素原子は2個)と呼ばれる。1926年には、シュレーディンガーが量子力学の基礎となる方程式を考案した。この式が原子内の電子に適用され、電子雲を使った原子の描像が得られた。オクテット則が成り立つ理由ははっきりしなかったが、1927年にハイトラーとロンドンが量子力学を水素分子に応用し、共有結合の理論的説明に成功した。
 このような歴史の流れを見ると、原子説・分子説が統計力学と量子化学の確立に密接に関係していることが分かる。このような事実に基づいてのことと思うが、ノーベル賞学者ファインマンは自らの物理学の教科書の中で、原子説は科学的知識の中で最も大切なものだと指摘している。この指摘に続けて、次のように述べている。

「(原子説では、)すべてのものはアトム―永久に動きまわっている小さな粒で、近い距離では互いに引き合うが、あまり近づくと互いに反発する―からできている、というのである。これに少し洞察と思考とを加えるならば、この文の中に、我々の自然界に関して実に厖大な情報量が含まれていることが分かる。」 (下線は筆者による強調)

筆者は、現代を代表する大物理学者の深い洞察に感銘を受けた次第である。




参考資料
1)廣田 襄著「現代化学史: 原子・分子の科学の発展」京都大学学術出版会、2013
2)久保昌二著「化学史:化学理論発展の歴史的背景」白水社、1966年 
3)竹内敬人著「人物で語る化学入門」岩波書店、2010
4)竹内敬人著「化学の基本7法則」岩波書店、1998年 
5)日本化学会編「化学史・常識を見直す:教科書の誤りはなぜ生まれたか?」講談社、1988
6)西条敏美著 「物理定数とは何か:自然を支配する普遍数のふしぎ」講談社、1996
7)石原顕光著「コトンやさしい元素の本」日刊工業新聞社、2017
8)井沢省吾著 「トコトンやさしい化学の本」日刊工業新聞社、2014
9WH.ブロック著、大野誠・梅田淳・菊池好行訳「化学の歴史 Ⅰ(科学史ライブラリー)」、朝倉書店、2003
10)田中一義著「統計力学入門:化学の視点から」化学同人、2014
11)砂川重信著「エネルギーの物理学:現代物理学入門」河出書房新社、1972
 12RP.ファインマン、R. B.レイトン、M. サンズ著, 坪井 忠二訳「ファインマン物理 I 力学」岩波書店、1987