一般向けのエントロピーの解説本に、気体分子の運動に関して速度分布とエネルギー分布が説明されていましたが、後者の分布について腑に落ちない所があり、改めて勉強しました。この記事はその備忘録です。マクスウェルの速度分布を介さないで、ボルツマン分布からスタートして気体分子の運動エネルギーの分布を導出してみました。初めに分子の一般的な運動についてボルツマン分布を導いたのちに、気体分子の運動量に注目して運動エネルギーの分布を求めるという流れになります。
1.ボルツマン分布の導出
N 個の単原子分子からなる理想気体が容器の中で熱平衡の状態にあるとする。このような粒子系の各粒子の運動状態は、3次元の位置座標(x, y, z )上の位置と、3次元の運動量座標(px , py,
pz)上の運動量により定まるので、6次元の位相空間(μ空間)の一点(x, y, z,
px , py, pz) で表わされる。容器中の粒子の場合、位置は定まった位置空間Ⅴ内に限られるのに対し、運動量には制約 がなく、3次元の運動量空間のすべての点に及ぶ。 したがって、今後扱う空間は、μ空間の部分領域Vである。我われはμ空間の領域V における粒子の分布を知りたいのであるが、すべての粒子の状態を観測してその分布を知るのは不可能である。しかし、確率論を援用して十分な確度でその分布を知ることができる。
V を微小な細胞に分けて、各細胞の体積はすべて同じでɑとする。粒子のエネルギーは粒子の状態を表す6変数の関数ε(x, y, z, px , py
, pz) であるが、しばらくの間、i番目の細胞内の各粒子のエネルギーをその細胞内の一点で決まるエネルギーの値 εiで近似する。N 個の粒子のうちの
ni 個がi番目の細胞に入るような配置{n1、n2、……ni、……}の数は
粒子の分布{n1、n2、…… ni、……}のniにわずかの変化δni(i = 1, 2,3,…)を与えた際のlogWの変化を求めるのであるが、その変化δniによって(2)と(3)の左辺は変わらないから、
となる。niにわずかの変化δni(i = 1, 2,3,…)を与えた際のlogWの変化は、
となる。logWが極値をとるところでは、δn1, δn2, δn3,.....が条件(4)と(5)を満たして微小なら、δlogW=0であるから
となる。
logWが極値をとる条件として、(6)に(4)と(5)の二つの条件が加わると、δn1,δn2,δn3…のうちで独立に変化できる変数が2個減る。扱っている粒子系では、εi すべてが等しいということは無いので、ε1≠ε2となるように番号をつけることができる。よってδn1とδn2をδn3,δn4,δn5,…の従属変数とすると、δn3,δn4,δn5,…は独立に変化することができる。
ここでLagrangeの未定乗数法を適用し、付加条件の式(4)と(5)に値が未定の数-α、-βを掛けて、logWが極値をとる条件の式(6)に加えると
である。先に述べたように、ε1≠ε2となるように番号を付けたので、この連立方程式は解くことができてαとβが決まる。そうすると、(7)は i = 1, 2 に対して成立する。また、(7)でi ≧ 3のすべての項の和が0になるには、δn3,δn4,δn5,…が独立に変化するため
でなければならない。よって、(7)は全てのiに対して成り立ち
となるから、この式と(9)から
となり、ボルツマン分布の式が得られる。この式のβは、後で求めるように β=1/kT となるので、熱力学との対応をとって、上式は
と表わされる。2.連続型のボルツマン分布の誘導
これから、離散的なボルツマン分布の式(11)をμ空間の6次元座標(x, y, z, px , py, pz)を使った連続的な分布に変換する。(7)の両辺を細胞の体積ɑ で割ると
となる。近似的な言い方であるが、細胞が微細な6 次元直方体で、その体積ɑがdxdydzdpxdpydpz に等しければ、εiをε(x, y, z, px , py , pz) に戻して、(12)式右辺の分母の和は、次式左辺のようにμ空間の定義域Vにおける積分で表され、
になる。これは(12)の和を積分に置き換えた近似式であるが、 (12)はエネルギーを離散化して得られた数密度の近似式であり、 (13)はそれを本来の数密度の式に戻したものである。これをμ空間の定義域V で積分すると、粒子の総数N になる。(13) の両辺を粒子の総数N で割れば粒子分布の確率密度関数
3.気体分子の運動への応用
ここまでは、エネルギーが運動量のみならず位置にも依存する粒子系に適用できるμ空間で議論を展開したが、以降、熱平衡にある理想気体分子の運動について議論する。その場合、確率密度関数は位置座標に依存しないので、f(px , py , pz)と書いてよいが、定義域はμ空間の領域である。(14)のε(x, y, z, px , py , pz)に理想気体分子の運動エネルギーε= (1/2m)(px2+py2+pz2)を代入すると、
となる。ただし、|V|は位置空間の体積である。この結果を代入して、(15) は
になる。
(16) はx, y, zに関して定数なので、V で積分すると両辺にその体積|V|がもたらされるが、右辺では分母の|V| とキャンセルされる。左辺の積分結果は|V|f(px , py , pz)でありと定義すると、(16) を積分した結果は
である。この関数は全運動量空間を定義域とする確率密度関数で、定義域で積分すると1 になる。
4. 気体分子の運動エネルギー分布
続いて、 (17)を使って気体分子の運動エネルギーの分布を表す式を求める。運動量の大きさp=(px2+py2+pz2)1/2を使って、直交座標を極座標に変換するとd px d py d pzは p2sinθdpdθdφとなり、これをθとφについて積分すると4πp2dpになる。したがって、運動量の大きさの分布を表す式
が得られる。(18) の両辺からdp を外すと、pの確率密度関数
が得られる。
次に、(18) の右辺の変数p を粒子のエネルギーε=p2/2mに変換して、εの確率密度関数g(ε) を求める。p=(2mε)1/2、dp=(m /2)1/2ε₋1/2dεにより、(18)の右辺は
に変換され、理想気体分子のエネルギー分布を表す式が得られる。そして、εの確率密度関数は
初めの方でβを1/kTに置き換えたが、ここでβ=1/kTの証明をする。置き換えをせずに論述を進めれば、(19)は
となる。粒子1個の平均のエネルギー<ε>は、(20)の左辺にεを掛けて0≦ε<∞の区間で積分して求められる。
右辺の積分は、部分積分によって
となる。したがって
ところで、(20)は、一つの粒子がε~ε+dεのエネルギーを持つ確率であるから、0≦ε<∞の区間で積分すれば
である。したがって(21)から
が得られる。一方、気体の分子運動の力学に基づいて、粒子の平均の運動エネルギーは、
と導かれるから
となる。
ついでながら、(18)からマクスウェル・ボルツマンの速度分布を導いておく。p = mvで、dp = mdvであるから、pをvに換えると、(18)は
に変換され、マクスウェル・ボルツマンの速度分布が得られる。この分布はマクスウェルにより古典的方法により得られた式と一致する。
参考資料
- 藤原 邦男 , 兵頭 俊夫 著「熱学入門 マクロからミクロへ」東京大学出版会 1995. pp. 97-107(マクスウェル-ボルツマン分布の導出), pp. 137-142(正準集団と内部エネルギー)
- 和達 三樹 著 , ⼗河 清 著 , 出⼝ 哲⽣ 著「ゼロからの熱力学と統計力学」岩波書店2005. pp. 95-126(第5章 古典統計力学)
- 竹内 淳 著「高校数学でわかるボルツマンの原理」講談社 2008. pp. 156-195 (統計力学の世界へ)
- 戸田 盛和 著 「統計力学概論」朝倉書店1952 . pp. 32-38 (§11エントロピーと熱力学的重率, §12恒温槽分布)
(追記) 予め知人に原稿のレビューを依頼しました。その折コメントと一緒に送られてきた知人の論考を一部に取り入れて本記事を完成しました。
無断転載禁止