新型コロナウイルスの抗体検査について、感染症や疫学の専門家の議論が盛んになされています。「実際のところ日本にどれぐらい感染者がいるのか? 続々と出てくる抗体検査の結果の意味」と題する記事をウェブ上で読むことができます(https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-antibody-test)。私なりのアイデアで新型肺炎流行の状況を考察してみました。
スタンフォード⼤学の研究チームが米国カリフォルニア州のシリコンバレーの在る地域で行った、住民の抗体検査の結果が4月中旬に報道されました。その結果から、この肺炎の致死率は0.2%未満と結論されました。そこで、この致死率をベースに新型コロナウイルスの感染率を推測しました。その結果を書いた小文二編と感染症の数学モデルを扱った小文を、数人の知人に送りました。それらの小文をそのまま今回の記事とします。
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5/7/2020改訂
新型コロナウイルス感染の状況は、報道をフォローしているとコロコロ変化してゆきます。だいぶひどいことになっていそうです。杞憂であればよいがと思いつつ、外出自粛の暇つぶしに、隠居科学者のひとりごとを書いてみました。
⽶国カリフォルニア州サンタクララ郡で、住⼈の新型コロナウイルスに対する抗体の有無を調べた結果、抗体陽性者数は感染が確認された数を⼤幅に上回り(50倍以上)、致死率(死亡数/感染者数)は0.2%未満という結論が得られました(https://www.technologyreview.jp/s/200081/up-to-4-of-silicon-valley-already-infected-with-coronavirus/ )。
致死率が日米で変わらないとして、名古屋市の場合を考えてみます。死亡者の累計は4月21日現在で20人でした。上記の致死率0.2%を仮定して、この時点の推定感染者数は20/0.002=10,000人になります。確認されている感染者数は247人で、推定数の2.5%弱です。市の人口は約2,300,000人だから、0.43%の人が感染していることになります。約230人に1人の割合です。無症状の感染者が、こんな割合でいることになります。
また、4月23日朝日新聞夕刊の記事にはびっくりです。
「慶応大病院(東京都新宿区)は、新型コロナウイルス以外の病気で入院する予定の患者にPCR検査をした結果、約6%の人が自覚症状がないものの陽性だった、と公表した。米国では同様の調査で約13%だったとの報告もあり、国内でも市中で感染が広がっていて、感染に気づかないまま院内感染が起こるリスクが改めて浮き彫りになった。‥‥」
入院する予定の患者が対象なので、感染しやすい人の集団だったかもしれません。名古屋市について行った計算を東京都の場合についてしてみると、死者の累計が100人(4月25日)なので、推定感染者は50,000人です。人口が14,000,000だから0.36%の住民が感染を経験していることになります。4月24日の確認された感染者の累計は、3,733人だったので、推定数の7.5%弱です。確認された数の13.3倍の感染経験者がいることになります。推定感染者数に対する確認された感染者数の割合が名古屋市と東京都で3倍違いますが、ここでは、その理由は考えません。今回言いたかったのは、PCR検査で陽性と判定された人の10倍以上の無症状の感染経験者がいることです。新型肺炎の予防には、人と会わないことが大切ということを痛感します。
わが国で、献血者の血液を使った抗体検査が進行中だそうなので、近じか市中感染の状況がハッキリしてくるでしょう。
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隠居科学者のひとりごと―――「新型コロナウイルス肺炎」雑感(その2) 5/7/2020
先日お届けした「『新型コロナウイルス肺炎』雑感」では、この肺炎の致死率に基づいて感染者数の推測を試みました。結果は、名古屋では4月中旬時点で、確認された感染者数の40倍の人が既に感染していると計算されました。そのときの致死率に基づく議論で、書き忘れたことがありました。比較する二つの地域の医療の質が同⽔準であること、また、この肺炎は高齢者の致死率が高いので、人口の年齢分布が同じであることを仮定する必要があります。名古屋と米国カリフォルニア州のシリコンバレーのある地域の間で、これらの仮定が正しいと考えて、感染者数を推測した次第です。
上記の計算では、名古屋の住民の0.43%が感染していると言うことになります。この数値を、最近我が国で行われた抗体検査の結果と関連付けて考えてみます。2020年5月1日の⼤阪市⽴⼤学プレスリリース「新抗体価測定システムが高い精度で陽性を判定!~疫学調査により、大阪では1%程度が抗体を保持~」(https://www.osaka-cu.ac.jp/ja/news/2020/200501)に次のような記載があります。
2020年4月のある2日間に本学医学部附属病院を、COVID-19に関する診断・治療以外を目的に外来受診した患者さんの血清を無作為に抽出し、抗体検査を実施しました。312名(年齢中央値66.5歳、男性:女性=154:158)のうち、3名にSARS-CoV2特異的IgG抗体陽性反応が見られました。統計学的に求められる、抗体陽性率の95%信頼区間は0.33-2.8%でした。
本学医学部附属病院に通院されている患者さんの抗体陽性率は、大阪市内のCOVID-19流行状況を反映していると考えられますので、現在の一般市民の抗体保持率も1-2%程度と推察されます。
この調査研究では、米国のMokobio Biotechnology社の量子ドット(安定した蛍光を長時間保持する微粒子)を利用した抗体検査技術が使われました。この方法によって、健常⼈(2018年の健診受診者)の血清とPCR陽性の確定診断が出た感染者⾎清(発症後10⽇以後に採取)を、それぞれ陰性と陽性として高い精度で識別することができたと表明されています。
名古屋市について行ったように、大阪市の推測感染者数を計算してみます。5月6日までに、新型コロナウイルス肺炎で死亡した人は25人だから、推測感染者数は12,500です。確認された感染者数は713だから、この数の17.5倍の感染経験者がいることになります。市の人口が約2,750,000だから、住民の0.45%が感染したと推測されます。名古屋市とほぼ同じパーセンテージで、⼤阪市⽴⼤学の調査による一般市民の抗体保持率1-2%程度と大きくは違わない数値です注[i]。
どの都市においても、無症状ですんだ感染者がPCR検査で感染が確認された人の10倍以上いると考えられます。ちなみに名古屋市40倍、大阪市17.5倍、東京都13.3倍です。
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隠居科学者のひとりごと―――「新型コロナウイルス肺炎」雑感(その3) 5/11/2020
4月初旬に新型コロナウイルス感染の拡大が顕著になり、緊急事態宣言が出されました。接触8割減で感染拡大を急速に減少させることができると、北海道大学の西浦博教授の提言が報道されました。感染の推移を簡単な数学モデルで表して、「接触8割減で感染拡大を急速に減少させる」という雰囲気を味わってみようと考えました。そのとき思いついたアイデアは、感染は自己触媒反応と同じだということです。この着想は、むかし勉強した化学反応速度論から出たものです。
自己触媒反応とは、A→Yの反応が生成物Yによって促進されるような反応です。Xの濃度をx、Yの濃度をyとし、2次反応定数をaとすると、Xの変化の速度式は、
dx/dt = -a xy
です。さらにY→Zの反応が続行するとき、その1次反応定数をbとすれば、YとZの変化の速度式はそれぞれ
dy/dt = a xy – b y
dz/dt = b y
となります。ここで、x, 未感染者数; y,
感染者数; z, 回復者数+死亡者数; a, 一定期間ごとに未感染者から感染者が発生する割合; b, 一定期間ごとに感染者が回復ないし死亡する割合、と読み替えると感染症の数学モデルになります。
この微分運方程式の解き方が分からなかったので、数学に強い知人に尋ねました。そして、数値計算でx、y、zの値を求める、R言語で書かれたプログラムを送ってもらいました。そのプログラムで、a = 0.1、b = 0.02の場合、図1のようなグラフが描かれます。感染者は急に増加してピークに達したのち徐々に減少します。これは、医療の介入が全くないときの感染の推移です。
x, 黒;
y, 赤; z, 青
x, 黒;
y, 赤; z, 青
プログラムでyが0.2を超えたら、a = 0.02に変更する条件(緊急事態宣言)を付け加えると、図2のグラフのようになります。緊急事態宣言によって感染者が減少に転じます。これは接触8割減に相当します。yが0.2を超えたら、a =
0.04に変更する条件の場合は図3のグラフが得られます。緊急事態宣言のあと感染者数は暫く横ばいで推移したのち減少し始めます。これは接触6割減に相当します。
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